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 そして、かあちゃんに聞いた。
「かあちゃん、とうちゃんって俺が生まれた時はもう入院してた?」
「うん。してたよ。」
「じゃあ、俺がかあちゃんのお腹の中にできた時は、まだ元気いっぱいやった?」
「ううん。もう入院してた。」
「そんなら、一時帰宅とかたことあったの?」
「ずっと入院したまんまよ。」
「あっ、そうか。病室が個室やったんか。」
「まさか。あの時代の病院は、どこも満員。個室なんか、なかったよ。」
 おかしな話である。
 しかし、これ以上追求すると、かあちゃんは赤い顔をして、もごもごと訳の分
からないことを口走り、どこかへ消えてしまうのだ。
 まあとにかく、俺は文字通りとうちゃんの忘れ形見ということだろう。

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 そんな訳で、俺にはとうちゃんの思い出はなにもない。
 本当に小さい頃、誰かに「行ってらっしゃい。」と手を振った記憶があるのだ
が、とうちゃんがずっと入院していたというのなら、それはとうちゃんではなか
ったのだろう。
 母親の姉妹の家に転々と預けられていた時期があったそうだから、その家のご
主人に手を振っていたのかも知れない。
 いずれにせよ俺の記憶がある程度鮮明になるのは、小学校へ上がる少し前で、
その時には、俺の世界のすべては、かあちゃんで占められていた。
 かあちゃんは、とうちゃんに死に別れてから、広島で居酒屋をやって俺と兄ち
ゃんを養っていた。
 元々、とうちゃんとかあちゃんが暮らしていた家のあったところで店を始めた
のだが、そこは原爆ドームのすぐ側で、原爆で無茶苦茶にされた後だったので、
ほとんどスラム街というような状況だった。みんなが、てんで勝手に露店を出し
て、いろんな店がひしめき合っていた。